北陸街道テクテク歩き第二日目(今石動宿から津幡宿へ:倶利加羅峠越え


  5月21日、本日も快晴、JR石動駅を9:18に出発し、木曽義仲が巴御前と共に戦い平氏に勝利した場所で有名な難所:倶利加羅峠を無事に越え、石川県津幡宿に 到着しました。歩行歩数は31、000歩、約21kmを歩いたようです。


 <峠越えの径路と通過時間時間>

 JR石動駅(9:18)⇒埴生宿(9:48)⇒小矢部ふるさと歴史館=埴生口(9:54)⇒埴生護国八幡宮(10:02)⇒医王院(10:10)⇒倶利加羅峠入口(10:12)⇒

 長坂道登口(10:33)⇒たるみの茶屋跡(10:56)⇒峠茶屋跡(11:12)⇒
矢立堂(11:18)⇒塔の橋(11:27)⇒砂坂(11:28)⇒砺波山(11:38)⇒猿ケ馬場

(11:45)⇒芭蕉塚(11:46)⇒
火牛の像(11:50)⇒源平供養塔(11:55)休憩(約1時間)⇒倶利加羅公園(12:49)⇒倶利加羅不動寺(12:52)⇒龍ケ峰城跡

(13:22)⇒竹橋宿(14:15)⇒道の駅:倶利加羅源平の郷(14:37)⇒津幡宿(15:21)


  埴生護国八幡宮

   木曽義仲が戦勝を祈願したことで有名。約1300年の歴史を持ち、国の重要文化財に指定されています。


  
矢立堂(矢立山周辺
   
矢立山周辺は、義仲軍の最前線であった所。幅220m程隔てた「塔の橋」より平家軍が矢を放ち、ここに多くの矢が立ったことが、名の由来となった。

  砂坂(火牛、突入の地)
   義仲軍が火牛400〜500頭を突入させたと言われる場所・

  猿ケ馬場
 
  倶利加羅合戦において、平家の総大将:平維盛(たいらのこれもり)が本陣をおいた所です。ブナ林の中に、軍議石と本陣跡標柱があります。

  火牛の像(火牛の計り
   春の夜半、源義仲が角に松明をくくりつけた牛の群れを先頭に、この山路を駆け抜け、平家十万の大軍を破った。ここが源平の戦いに名高い「火牛の計   り」を策した古戦場である。
  

  PDF-PHOTO  ←任意サイズの写真が見れます。


  PHOTO&MAP←地図付写真(歩いた軌跡が見れます)


  movie      ←スライドショーが見れます。


  サムネイル




back