旅アルバムのページ


2000年6月
本州横断の旅

 約10年前、5日間位掛け、本州の横断旅行をいたしました。行く先は  

    @立山・黒部アルペンルートー松本  「松本泊」
     A「美ヶ原ー白樺湖」のビーナスライン
      小渕沢ー清里,八ヶ岳        「清里泊」
    B甲府ー河口湖ー富士5合目     「河口湖泊」
    C箱根、熱海               「熱海泊」
    D小室山、熱川、下田          「下田泊」
    E波勝崎、堂ケ島等南伊豆       「帰宅」 でした。

  その時、撮った「銀塩フィルム」の写真の電子化を行い、編集しました。 デジカメと違い、タッチがソフトで、
 味のある写真となりました。

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2003年4月30日
伊香保温泉の旅
 群馬県前橋市に所要があった折、「伊香保温泉」まで足を伸ばし、そこで縮泊いたしました。群馬県渋川市に
ある温泉で、「草津温泉」と並んで群馬県を代表する名湯と言われています。
 急傾斜地に作られた石段の両側に、温泉旅館、みやげ物屋、遊技場(射的、弓道)、飲食店などが軒を
連ねています。365段の石段は温泉街のシンボルであり、この界隈は石段街と呼ばれる。
 石段上の源泉周りは整備されており、源泉が湧出する様子を見る事が出来ます。石段の下には黄金の湯の
温泉が流れ、各旅館に分湯されている。
 石段の最下段は「関所跡」、最上段には「伊香保神社」があります。
アルバム(PHOTO)からはは、最下段から上段までの様子をご覧いただくことが出来ます。

         
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2003年6月1日
吉野ヶ里の旅
 吉野ヶ里遺跡とは佐賀県神埼郡吉野ヶ里町と神埼市にまたがる吉野ヶ里丘陵に残る大規模な環濠集落です。
 昭和61年(1986)からの発掘調査によって発見され、現在は一部を国が管理する公園となっています。

 物見やぐらや二重の環濠など防御的な性格が強く日本の城郭の始まりと言えるという事です。
  最大の特徴は集落の防御に関連した遺構です。外濠と内濠の二重の環濠があり、濠の内外には、木柵
 土塁、逆茂木(さかもぎ)といった敵の侵入を防ぐ柵が施されていました。又、見張りや威嚇のための物見櫓
 が環濠内に複数置かれていたようです。
  内郭の内外に遺構が発見されました。竪穴住居、高床住居、高床式倉庫です。又、貯蔵穴、土杭、青銅器
 製造の跡等も発掘されました。
  多数の遺体がまとまって埋葬された甕棺、石棺、土杭墓は住民や兵士の共同墓地と考えられています。
 出土した遺構や出土品には九州北部ををはじめとした日本各地のものと共通類似したものが見られる
 ものの中国大陸、朝鮮半島、南西諸島と類似共通したものが多々見られ、渡来人の来航や当地から各地域
 への渡来によるものと見られているようです。
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2003年5月3日
門司港レトロの散策
  素晴らしい快晴である。門司港での方で何かイベントが開催されているようだ。おいしい地ビールもあること
 からJRで行く事にする。到着したJR門司港駅は鹿児島本線の起点であり、関門トンネルが開通するまで
 九州の鉄道の玄関口であり、対岸の下関駅とは「関門連絡船」との中継駅として賑わった。又、大陸への
 出征(帰還)の場所でもあり、現在も「帰り水」の蛇口が残っている。
  門司港レトロは、門司港駅周辺に残る外国貿易で栄えた時代の構造物を中心に、ホテル、商業施設などを
 大正レトロ調に整備した観光スポットで、「フグのセリ」で有名な「「唐戸市場」や「巌流島」との周遊ルートと
 して多くの観光客でに振わう。
  ハネ橋、地ビール工房、門司港ホテル、レトロ展望室(ノッポビル)、国際友好図書館、門司三井倶楽部跡
 (アインシュタイン宿泊)、旧門司税関、旧大阪商船ビル、日本郵船ビル、等を紹介いたします。
 又、美しい海岸通りと関門橋も見ていただきたいと思います。
  以上、北九州人からのPRでした。


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2003年5月23日
奈良京都の旅
 名古屋の長男の所に孫娘が誕生。お祝いのため、名古屋へ行った帰りに琵琶湖畔のホテルに一泊。翌朝
京都経由で奈良へ。JR奈良駅前より、東大寺までウォーキング壮大な「南大門」「大仏殿(金堂)」を見学し、
 「近鉄奈良駅」から京都へ向かう。

 午後からの京都観光は、これまた、ウォーキング主体で、「三十三間堂」、「清水寺」「大谷本廟」に絞る。
京都駅前から、「七条大橋」を渡り、「三十三間堂」へ、素晴らしい仏像群に感激するも、写真撮影禁止であるの
が残念であった。東山七条⇒東山五条⇒五条坂を登り、清水寺へ。途中、舞妓さんの姿が散見された。
 清水寺は、丁度、修学旅行のシーズンであり、「清水の舞台」はすごい人だかりであった。新緑を前面に、美しい京都の町が眺望できた。
 その後、東山五条の「大谷本廟」に立ち寄り、町並みを見学しつつ、京都駅までウォークする。
 今回の旅で、京都はウォーキングには最適な町である事が解り、その後、京都を訪問するたびに、歩き
回る事になりました。
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2003年9月27日
平戸への旅
 長崎の某高校の同窓会が平戸でありました。東京組、福岡組、長崎組の合同同窓会となりました。宴会までに
ホテルに着けば良いので、北九州から佐世保までJR利用。佐世保よりはバスで平戸へ向かいました。
 13時頃、平戸桟橋に到着。時間が充分にありますので一人で平戸観光と洒落込みました。
平戸には過去1回来たことがありますが、ほとんど記憶が残って無かったが幸いしました。
 平戸の歴史は古く、遠い昔から海を通じてアジアと結ばれていました。戦国時代から江戸時代初期にかけてはオランダをはじめヨーロッパの国々との交流が盛んに行われ、「西の都フィランド」と呼ばれるほど貿易港
として繁栄を極めていたようです。当時をしのぶ史跡は、今も市内のあちこちに残され、異国情緒を漂わせていました。
 「幸橋」「平戸城」「フランシスコザビエル記念館」「寺院と教会の道」「オランダ井戸」「オランダ塀」「オランダ埠頭」
等、足早に見学いたしました。
 翌日は、佐世保での時間調整で「海上自衛隊佐世保資料館」を見学し、帰幡しました。


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2004年8月11日
湯布院への旅
 8月11日より夏休みをとり、湯布院にある友人の別荘を借り、ここを拠点に3泊4日で湯布院、九重高原を
散策いたしました。
 夏の盛りではありましたが、別荘地のある1200mの高原は涼しく、命の洗濯をさせてもらった次弟です。
又、バーベキューを中心の自炊と温泉三昧を楽しみました。




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2004年8月12日
九重の散策
 8月12日本日は九重方面へ行くことにいたしました。素晴らしい快晴でドライビングには絶好の日よりでした。1時間程の走行でで、九重「長者原」へ到着。
 「タデハラ湿原」を散策する事にいたしました。冬は芒ケ原となりますが、夏は緑色した水草、コケの時期です。
野生の百合等を愛でながら、約1時間で一つのコースの散策を終えました。
 若い頃は、毎年山開きの時期に来て、ミヤマキリシマの群生地である「大船山(1787m)」「平治岳(1643m)」
登り、頂上でフランスパンを齧りながら、ワインのラッパ飲みをするのが慣わしでしたが・・・・・・・・
 湿原を散策するのも、良いものですね。

湯布院へ戻る途中、「山下池湖畔」の「レークサイドホテル」へ立ち寄り、遅い昼食をとりました。


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2005年12月24日
京都への旅(寺巡り)
 2005年暮れも押し迫った12月24日、翌日の高校駅伝の応援も兼ねて、同期会が「京都祇園ホテル」で
行われる事になりました。
 昨年5月に、京都を訪れた時は、京都駅から徒歩で「三十三間堂」「清水寺」「大谷廟」を往復した記憶が
残っていましたので、本日も祇園まで歩いて行こうと計画いたしました。
 京都駅発-「東寺」-(堀川通り)-「西本願寺」-「東本願寺-(烏丸通り)-(四条通り)-「八坂神社」-「知恩院」
-「祇園ホテル」のコースです。所謂、寺巡りコースです。日頃から御勤めをサボっていましたので、一生懸命
手を合わせ、おまいりしました。
 流石に、いずれも本山ですので、その構造物、ならびに本堂のスケールは他を圧倒させるものがあり、
本堂で正座するだけで、気持ちが落ち着きました。以来、京都を訪れるたびに、西本願寺の本堂で正座
おまいり、縁側で休憩する癖がつきました。
 祇園のサウナで疲れをとり、同期会に臨みました。「乾杯のビール」はすこぶる美味でした。

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2005年12月25日
高校駅伝の応援
 いよいよ、今回の旅の最終目的である「都大路駅伝」の応援です。
 昨夜、2次会まで大いに飲み歌い、少々二日酔い気味です。2―3日前は大雪だったようですが本日は
快晴です。ホテルのロビーでは皆生き生きした表情をしています。幹事の号令で「河原町駅」向かいます。
 幹事、手づくりの「藤紫色のハチマキ」を帽子に巻きつかせています。応援の目的地は、阪急「西院駅」
付近だそうです。その場所へ地下鉄で向かいます。電車に乗っている内にスタートしており、途中の順位が
気になります。
 応援場所に陣取って、約15分位経った所で、先導のジープが通過、その後選手の集団が通過。その時の
順位は、私には判別できませんでした。アットいう間の出来事でした。
 その後、「西京極競技場」に移動、選手たちを待ちます。快晴であるも、結構冷えていますので、用意して
もらったアルコールで暖を取りつつ、待っていますと、来ました来ました。
 topは岡山:興醸館、2位兵庫:須磨学園、3位群馬:常盤高校、4位:我母校で2連覇はなりませんでした。
男子も頑張ったものの、残念ながら22位に終わりました。
 ロートルの私達に夢と希望を与えてくれた後輩たちに感謝!!感謝!!

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2007年5月2日
良への旅(法隆寺、薬師寺)
 名古屋の長男から、5月4日に志摩の宿を予約した。来ないかとの誘いを受け、途中、奈良・京都を巡り、
3泊4日の旅をする事になった。
 5月2日の9時30頃JR小倉駅を出発し、12時頃JR大阪駅に到着JR大和路線で法隆寺駅ヘ向かう。
4年ぶりの奈良観光である。2003年5月には、東大寺を訪れた。今回は法隆寺薬師寺が目的地である。
 法隆寺駅より、バスで乗り継ぎ、法隆寺に着く。飛鳥時代の姿を現在に伝える世界最古の木造建築であり、
殆どが国宝指定の建造構造物である。
 南大門より西院伽藍に入り、「金堂」「五重塔」「中門」「大講堂」等を見学。その後、東院伽藍へ廻り
「夢殿」「舎利殿」等を見学、いずれも、流石に国宝指定であり、素晴らしかった。
 バスで次の目的地である薬師寺へ向かう。途中、バス車中より、豊臣秀長の居城であった大和郡山城址
眺め、約40分で薬師寺に着く。開基者は天武天皇であり、本尊は「薬師如来」である。法隆寺とは異なり、
過去に焼失後再建されたそうで建造構造物は皆新しく美しい。唯一、東塔のみが奈良時代に建造され、今日
まで残っているが、現在、解体修理中である。「金堂(薬師三尊像)」「大講堂」を見学し、近鉄「西の京駅」より
本日の宿泊地である京都東山三条駅ヘ向かう。

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2007年5月3日
京都への旅(銀閣寺、金閣寺、竜安寺)
 昨日に続き、本日も快晴、「銀閣寺」「金閣寺」「竜安寺」巡りを本日の観光ターゲットにしました。
東山三条よりバスに乗り、銀閣寺前で下車、「哲学の道」を歩き、銀閣寺へ。銀箔は貼られて無いものの

新緑に包まれた姿は素晴らしいものでした。
 続いて、バスで金閣寺へ、(市バス一日乗車券500円は乗り放題で有り難い)、銀閣寺とは異なり、金箔が
貼られた姿は豪華絢爛で、北山文化の象徴そのものでした。「足利義満」時代、応仁の乱後の「義政」の時代の
財政力そのものが差として、如実に表れていたように見えました。

 「竜安寺」では禅の極致を表現したと言われる石庭の前にじっくり居ると、日々の忙しさから解放され、静かな時の流れが感じられるのでは?と思った次第です。(今回は観光客が多すぎその気にはなれませんでしたが・・・・・・)
 その後、二条城、西本願寺の前を通り、京都駅へ向かいました。万歩計は約20,000歩を示していました。

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2008年4月29日、30日
東京見物アルバム
 2008年4月29日、京浜急行「平和島駅」近所のマンションに住む、二男夫婦の家を訪問、JR
大森駅横の「ホテルモントレ山王」に宿泊、翌日30日、「増上寺」「六本木界隈」「後楽園」「小石川後楽園を見物いたしました。その時のアルバムです。

 日中歩き廻りました。「東京ウォーク」も良いものだと思いました。






2008年11月5日
車窓の旅(小倉ー高松往復:瀬戸大橋経由)
 高松に所要があり、日帰りの旅であった。山陽新幹線ひかり、瀬戸大橋:マリーンライナーと乗り継ぎ高松を目指します。天気に恵まれ、「瀬戸大橋」から眺めた瀬戸内海は最高に輝いていました。思わず、携行の カメラのシャッターを押し続けた次第です。
 その時の車中から撮った写真を基にスライドショーを作りました。何せ、車中からの撮影で窓の
反射光が気になりますが。「瀬戸大橋」の雰囲気は感じられると思います。




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